安らぎへ向かう道——顛倒を離れて

私たちは、変わりゆくものを変わらないもののように思い、思い通りにならないものを思い通りにしようとして苦しみます。

仏教では、そうした見方のゆがみを「顛倒」と説きます。

無常を常と思い、苦を楽と思い、無我を我と思い、不浄を浄と思う。人は知らず知らずのうちに、その思い込みの中で生きています。

だからこそ、失うことを過度に恐れ、自分の像を守ろうとして疲れ、思い通りにならない現実に深く傷つきます。

しかし、無常を無常として見つめ、苦しみを苦しみとして受け止め、すべてを自分中心に握りしめない歩みを学び始めると、心に少しずつ静けさが戻ってきます。

安らぎとは、何もかもが完璧に整った状態ではありません。 現実を現実として受け止める中で、過度に逆らわず、過度に執着しない心が育っていくことです。

その道は、派手ではありません。 けれども、坐禅や日々の気づきの積み重ねの中で、確かに開かれていきます。

遠くにある理想を追いかけるよりも、今ここで自分の心を整えること。その先に、静かな安らぎがあるのでしょう。

合掌